ようこそ!クズの皆さん!!

常にアクティブな生き方を探求しつづける。ブログはそれのきっかけにすぎない。

親の言いなりで学生時代の雅之は脱線した。「親の言う事は絶対」はデメリット。

ようこそ!クズの皆さん!!雅之(元DQN)です!!!

今日からしばらくの間自分の過去にさかのぼって振り返り、記事にしながらこれからの自分を構築しようと考えています。

まず最初は小学生の頃から振り返ってみます。

僕は小学三年生の頃からほぼ毎日勉強づけで、周囲の人と遊ぶ機会がほとんどありませんでした。

色々な原因が重なった結果、エスカレーター方式で入学した高校を中退する事に。その原因のひとつに親からの「学業に専念すべき」というプレッシャーがありました。

中退する頃はまだ親は優しい方でした。それまではとにかく「親の言う事は絶対」みたいなプレッシャーを本人から受け、しぶしぶ勉強する日々を続けていました。

結果的に嫌になって全てを捨てたわけですから、いかに「親の言う事は絶対」というのは間違った概念なんですよね。

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ゲームという存在を絶対的に許さない父

僕の父は今も現役で公務員をしております。有名大学を卒業し、転勤を重ねながらも何十年も公務員という仕事に従事してきました。

そんな父は僕が小さい頃から頑固で、一緒に勉強した時も少しでも僕が反発的な態度をとると「知らん」と言ってその場を立ち去るような性格でした。

そして特に厳しかった事が“ゲームというものを許さない”という事でした。

僕が小学校入学時にはゲームボーイとかスーファミがあり、クラスメイトの男子はほとんど親から買ってもらっていました。

当然子供ですから周りが所持していたら欲しくなるもの。僕は「買ってほしい」と何度も親に頼みました。

しかし「周りに流されるんじゃねー」と父からの猛反対があり結局小学校の頃は全くゲームというものに触れる機会がありませんでした。

その考えは中学の頃も変わらず、僕が友達から借りたゲームボーイカラーで隠れて遊んでいたら親にばれ没収されるくらい。

中3の終わりくらいにようやくゲームボーイアドバンスを買ってパワプロくんポケット5で遊ぶ事ができました。

しかし「その代わり勉強をしっかりやれ」という条件付き。

高校を中退し昔ほど勉強しなくていいという許可を得て、念願のニンテンドーDSとPS2とPS3を自分のお金で買う事が出来ました。

パソコンのスペックがあがる事にネットゲームもするようになりました。

それでも父はゲームという存在を真っ向から否定しており、僕は親の顔を伺いながらゲームをしていました。当時実家のTVとPCは一台ずつしかなく、父が帰ってきたらゲームを終了し撤収するという生活を送っていました。

今はゲームを欲しいという願望がなく、YouTubeのゲーム実況で十分です。

もちろん「厳しすぎだろ」と今でも思いますが、今の時代子供の頃からゲームとスマホを持つのは当たり前。下手したらパズドラをやるのは当たり前、このユーチューバーの動画観て当たり前の時代です。

ゲームを所持していなかった当時、周りから「なんでゲーム持ってないの?」と周りから突っ込まれる事もありました。その影響からか小学生の頃は周りの輪に馴染めなかったというのもありました。

ケータイも中3の頃所持していたが、学校に持ち込む事は禁止で不自由な思いをしていました。(おかげで学園祭の時に女子にナンパできなかった)

ですがそれでも非国民的な扱いを受けなかったので、今の時代に比べたらまだ僕は平和な時期を暮らしていたのだろうと安堵しています。

今の学生たちはLINEグループで馴染めなかっただけで周りからの総攻撃や村八分によるいじめが頻繁的に起こっています。すごく恐ろしい時代です。

そう考えると父親は「機械の正しい扱い方も分からんバカにゲームなんぞ許さん」という考えが正論であるとみています。“周りに流されない事”を学んだので結果的によかったです。

それでも父に対して今でも「厳しいだろ!」と思ってしまいます。

100%思い通りに動かそうとする母

そんな父とはあまり喋らなかったというのもあり、そこまで普段の自分にとって邪魔な存在ではありませんでした。

どちらかと言えば母の方とのコンタクトがメインで、ネックな存在でもありました

小学生の頃の勉強は毎日母が付きっ切り。勉強内容・仕方・時間全てにおいて母に管理され、小学生の頃思いっきり遊んだのは中学受験で合格した直後のみでした。

母は完璧主義であり、過度な心配性、潔癖症でした。とにかく100%思い通りにならないと不機嫌な態度と八つ当たりを繰り返してきました。

一度「家の暖房費がかかるから」と不機嫌になりながら家の中で七輪焼くというクレージーな行動を起こしたこともあります。

そもそも母親の実家は農家であり、母親の母親つまりおばあちゃんも同じような性格。母親の実家に来て食事をした時いつも「まーちゃん食べな」とずっと押しつけがましく言われました。

農家の人ってイメージすれば分かると思いますが、考えが保守的で価値観が狭いんですよね。その影響もあって母親は「自分の考えが絶対的に正しい」という概念を押し通してきた気がしています。

一番同じ家族として迷惑だったのが、母親のその心配性と我を通して行動する事

僕が学校や塾での帰りが遅いだけで同じクラスメイトの前まで現れて「遅い!帰るよ!」と叫んだり、

小学校の卒業アルバムの文集の下書きを見て、「こんな事文集で書くな!」と説教され全て母が書いた文章で清書して提出するとか、

中学時代ほんの少し成績が下がっただけで、学習塾に強制的に通わせたりとかありました。

特に多いのが僕の私物にふれ、勝手に部屋を整理する事です。「勝手にやるな」と言っても絶対に治りません。驚いたのが中学時代買っていたCDアルバムを一枚一枚丁寧にケースに入れて整理した事ですかね。

一度「母さんは完璧すぎる。もっと柔軟に物事を考えろ」と意見したらふてくされたりもありました。本当に中学までは僕の意見はほとんど通りませんでした。

今でも完璧主義と心配性は治りません。僕が一時期実家を出る時も心配で、ずっと出発まで心配そうに見つめていました。

僕だけでなく、兄が結婚式を行う時も「あーじゃない、こーじゃない」と要らない指揮をとって兄をブチ切れさせたりもしました。

実家で同居している今、そんな母との間はさすがに落ち着いて雑談ひとつしないような仲です。一緒にご飯を食べる時も無言です。

28年経ってようやく僕と親との間でのトラブルは少なくなり、おかげで落ち着いた日々を送っています。

父もそうですが、“全くもって融通が利かない人”と同居するのは本当に苦労します。そんな親の影響もあり、今度は自分が他人に反発するような性格にもなってしまいました。

僕は今後女性の方と同居や結婚は一切考えません。他人や子供に同じような思いは絶対にさせたくないので。

強い圧力があれば反発もあるに決まっている

人間誰しも周りから強い圧力があればその分跳ね返したくなるもの。

親からの厳しすぎる躾もあって最低限人間としての常識や知識は身につきましたが、それでも親からの一方的な圧力ばかりで尚且つガス抜きができない学生生活は場合によっては家庭をも壊しかねません。

実際今でも親を殺したという事件が後を絶ちません。「ニート批判され殺した」という事件もあります。

僕の場合中学時代黙々と勉強するのが嫌になり、ラジオを聴きながら勉強したら「すごく楽しい趣味を見つけた!」となり、

それからラジオに流れるJ-POPが好きになり、

エレキベースを買って弾くのが趣味なり、

「将来ベーシストになる!」と言って高校を中退しました。

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違う高校に編入してエレキベースもすぐ飽きて、今度は野球をする事に。

学校にも行かなくなり、今まで遊べなかった分友達と遊ぶようになってそこから好き放題動くようになりました。

進学も就職もせずニートのまま高校卒業したので親には申し訳ないなと若干思いますが、これくらい子は反発して当然と今でも思っています。

学生時代十分すぎるくらい勉強しましたが、今では漢字が全く書けないし計算すら全く出来ません。宝の持ち腐れのまま大人になったと言えます。

もちろん勉強しすぎた事は無駄とは思いませんが、それでも大人になって役に立たなければ意味がありませんよね?

兄は高校と大学を卒業し、それなりに大きい会社に就職・結婚・出産と無難な生き方をしています。

兄のように無難な生き方をしたければそれなりに勉強をする必要がありますが、今の時代猛勉強してまで大学に行く価値があると思いますか?

大学をでて会社に就職しないとこの国では生きていけないのでしょうか?

違いますよね?

今はネットで稼ぐ事だってできるし、非正規社員でもお金の管理さえしっかりやれば十分生きていけます。

なので高々大学進学や就職のために学生時代我慢を重ねて勉強する必要は一切ないのです。

僕が小学校時代に猛勉強したきっかけも、「兄が勉強しているから自分も勉強してみたい」という興味本位からでした。

親は「私立中学を目指しているんだ」と勘違いし、熱をもって勉強させたのが原因となってしまいました。

自分から積極的に勉強するならまだしも、親からの命令で我慢して勉強する事は自分を破滅する行為と一緒です。

勉強も含め、子供を不自由にさせるような躾や教育は絶対にあってはなりません。

「親の言う事は絶対」なんて存在しない

僕だけでなく大半の大人はいつも、

「自分が若い頃はー」

と言いたくなります。僕も過去の経験値で物事をとらえる事があるのでついつい使ってしまいがちです。

でもどんなにその人にとって正しい道を歩んだとしても“諸行無常”という言葉はなくならないんですよ。

周囲の事なんて時代によって変化していくものなんだから、本来周囲の親もそれなりに変化量というものを身に付けていかなければなりません。

ですが例えば「就職するのが当たり前」という固定観念で育ってきた家庭はその考え方一辺倒に傾きがちなので、それ以外の生き方は許されない。という事は必然的に子供にプレッシャーを与える事になります

今でも日本の若者の自殺者が減らないのは固定観念に縛られた大人からのプレッシャーというのが背景にあり、窮屈な世界を保っているからです。

固定観念が強い僕の親が変えたのは“発達障害の存在”です。自分は軽度の発達障害(アスペルガー症候群)で、昔から他人とのコミニュケーションが苦手です。

そういった存在を認知、理解をしてくれたおかげで両親共に柔らかい性格になっていきました。発達障害という新しい知識と僕のガス抜きのおかげで親は少しずつ変わってくれたのだと思います

自分が過去に経験した事例は自分の子供に役に立つかもしれませんが、「自分の考えが絶対」と言って押し付けるべきではありません。

またその自分の考えというのも自分オリジナルの概念でなく、“自分の親から受動的に与えられたもの”や“会社の上司から受動的に与えられたもの”が多いのではないですか?

昔は受動的に教育や仕事をしていれば勝手に世間体として楽に生きられました。

けど今は違います。受動的でなく、能動的に何かをする時代です自分の頭で考え、自分らしい生き方を形成する時代です

それくらい日本は多様性に富んでいて、多様性に合わせざる負えない世の中になっているのです。

そんな中、受動的に何かを行っていればいいなんて考えではまず自分を失います。

なので今の保護者は子供に無限大の力を与える教育を推奨すべきと僕は強く思います。