ようこそ!クズの皆さん!!

常にアクティブな生き方を探求しつづける。ブログはそれのきっかけにすぎない。

プロジェクトX挑戦者の雅之 もがき苦しみ不器用な28年の荒波人生

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雅之(元DQN)という人物。

神奈川県横浜市、公務員の父が持つ一軒家にある引きこもりがいる。

彼の名は雅之。今年で28歳。何か月も実家にひきこもり且つ仕事をしないニート。

普段は気が向いたときにブログを書いたり、散歩をしたり、たまにイベントなどに足を運ぶ。

彼はようこそ!クズの皆さん!!というブログを運営し、主にオピニオン記事にて主張や過去の事などを赤裸々に暴露している。

本来ブログ運営するとなると、広告収入などの収入源をユーザーは求めるが彼は一切しない。

彼によれば、「稼ぐという一点に絞ると、人間性が失われる」と主張する。

何故なら過去において壮絶な闘いが繰り広げられていたからだった。

過保護で弱く育つ。

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雅之は平成元年7月に茅ヶ崎の地で生まれ、それから28年間ずっと実家である横浜に住んでいる。

雅之の母はとにかく過保護、過干渉、完璧主義。

当時から「私の思い通りに動け」という同調圧力があった。

保育園に居た当初から母に自転車に乗せられ、あまり周りの子に馴染めないまま幼稚園へ。

幼稚園児になっても周りの子と馴染めず、むしろ先生に抱きかかえられ面倒を見られていた。

それはまるでペットのような扱いだった。

 

とにかく母方の実家も農家で、すごくお節介でした!農家の実家での食事でいつも「食べなよ、食べなよ」と要求されました。母は自分の家庭環境でそういう性格になったと思います。

 

母親からの監視生活。

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小学校にあがった雅之は運動こそできないが、勉強はそれなりにできていた。

ある時母親に「学習塾に入って、勉強したい」。

だがそれが雅之の人生を狂わせるきかっけとなった。

何故ならその時母親は「中学受験をしてそこそこ頭のいい学校を目指すものだ」と勘違いしていたからだ。

それからというものの、リビングのテーブルで母親つきっきりで勉強をさせられた。長い時は一日10時間以上勉強した。

遊びも禁止、ゲームも禁止。唯一の癒しがTVだったが、それも長時間観ることができなかった。

雅之は相変わらず人間関係で馴染めずいて、特に学校生活や同じ塾の人間とうまくいかずたびたびイジメを受けた。

一時期毎日泣くくらい、他人から執拗にちょっかいをだされていた。雅之は悔しかった。

 

両親ともに自分の言う事は絶対という感じでしたねー。よく勉強に耐えたと思いますよ!(笑)

 

ゴミ以下の中学校生活、そして。

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母親との地獄の猛勉強の甲斐もあって何とか第一志望の私立男子中学校に入学。これで少しは楽になれると思った。

しかし周りからのイジメやちょっかいはおさまるどころか、酷くなった。

体育祭の駅伝の時、コースを間違え順位を落としたという些細な出来事が原因だった。

さらにはとなりの同級生と殴り合いの喧嘩をし、指を骨折。

楽しみだった部活でもイジメを受け、自分にとって本当に頼れる友人を見つからないでいた。

勉強の方は母親と一緒にはやらなかったが、相変わらず干渉的で成績が落ちた瞬間無理やり塾に通わされた。もちろんゲームは禁止。

ちなみにこれが当時から使い続けている学習机だ。

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もうかれこれ小学校入学の時に買ったやつなので、20年は経っていますね!

 

中学3年の冬、登校時に自分の好きな芸能人の悪口を書かれた。

次の日不登校になったが先生からの電話で説教を受けた。「我慢して来い」と。

何とか中学は卒業できたが、高校にあがってもイジメはおさまらなかった。

当時の雅之の唯一の癒しはラジオと音楽。特に音楽ではエレキベースを習うくらいハマった。

「学校にいる意味がない!」そう決意した雅之は、即日高校を中退。比較的自由な雰囲気の定時制に編入した。

 

前みたく勉強しなくていい!と思うと清々しい気分になれましたね、あの時は。

 

DQNとの穴倉暮らし。

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定時制の高校に編入後、すぐにある男に出会った。それがDQNだ。

ちなみにDQNとは分かりやすく言えばヤンキー・不良の事だ。

その男は野球同好会に入っており、当時から野球が好きだったので一緒に付き合った。

学校にロクに通わず野球や遊びに浸り、同じ仲間と公園でタバコを吸ったり酒を飲んだりした。

いつの間にか卒業は間近。赤点ぎりぎりで卒業。就職も大学にもいかずニートに。父が怒った。

雅之は好きだった野球を続けていて草野球チームに入った。プライベートでは相変わらずDQNたちとつるんでいた。

どの人間も価値観が狭く、草野球のチームメイトから雅之のニートの生活について批判された。他にも些細な事で説教を受けていた。

DQNも同じような考えで、とにかく和を乱すなというニュアンスの事を言われ続けた。

雅之は限界だった。

草野球チームも無理やり辞め、DQNたちと少しずつ縁を切っていった。

 

楽しい思い出より人に色々な事で揶揄され続けた思い出の方が強いですね!何のためにこんな人間と一緒にいるんだろうと。

 

ブラック企業との闘い。

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雅之が草野球チームをやめた後、仕事で転職を繰り返した。

サービス業・営業職・運送業・倉庫業・介護職などを転々とした。

そのほとんどがブラック企業と呼ばれるもので、長時間労働・休みが極度に少ない・休憩なし・同僚からのパワハラなど日常的だった。

一番酷い時は朝7時から夜の10時まで休憩なしでトラックの配送業を勤務した事があった。

別の職場では女性従業員から無視され続ける事もあった。

求人誌で職を見つけては辞めるの繰り返し。雅之はどうすればいいか正常な判断ができずにいた。

 

実際僕がやりたい事と業務とでマッチしなかったり、人間関係で嫌になったりして会社を辞めていましたね。それも「今日付けでやめる!」とか言って(笑)

 

女性トラブル常に。

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雅之を悩ませていた存在は他にもあった。女性とのトラブルだった。

今までに4人の女性と交際していたが、全員1ヶ月以内に振られた。

ある時はホストにとられ、ある時は毎日メールで喧嘩したりと楽しい思い出より辛い思い出しか残らなかった。

雅之は周りに女性友達がいなかったため、インターネットによる交流で女性と出会っていた。

だがインターネットによる交流は相手との距離感が難しい。雅之は相手の気持ちをくみ取ったり、距離感を保つ事が困難だった。

電話で突然説教をさせられたり、迷惑電話やメールがやまないほど相手を怒らせたりとトラブルが絶えなかった。

また風俗やキャバクラを行き来する生活も続けていた。

 

どうしても女性との付き合い方が分からないですね!会話がうまくいかないです!今でも!(笑)

 

いつもそばに母がいた。

28年経った今でも、雅之の母は心配性だ。おせっかいは今でも変わらない。

だが母のおかげで雅之は生きていると言っても過言ではない。

ブラック企業と闘った時も実家暮らしでなければ辞めるという選択肢はでていなかったのかもしれない。

その他でも雅之が人間関係のトラブルで話を聞いたり、八つ当たりされても目をつむっていた。

今でもおいしい食事、温かい風呂やベットが常に用意されているのは母のおかげだ。

雅之は感謝という言葉では足りないものが今でもある。

 

普段全く会話しないのですが、今の自分があるのは母のおかげです。

 

実家引きこもりニート生活へ。

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ブラック企業と何十社も闘った雅之は実家ひきこもりニート生活を決めた。

何も考えず、ぼーっと過ごす日々を送っていた。

その内、「アフィリエイトやろう」となるが相談した相手が失礼な態度をとった。「知識が乏しい!お前は!なめているのか!」と。

雅之は自己嫌悪になった。何もかも嫌になった。人を信用できなくなった。

ブロガーという宿り木。

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そんな窮地を救ったのがプロブロガーであるあんちゃという女性だった。

彼女は会社を退職した後、ブログの広告収入などで収益をあげ多方面で活躍するブロガーだ。

雅之はネットサーフィンをしていた時にたまたま彼女の存在を知り、相談に乗ったのだった。

「僕は自信がありません」雅之は悩みを打ち明けた。

彼女は雅之に深く問い詰めなかった。そしてひたすら世間話をした。

心が晴れやかになった雅之は彼女にこう述べた。「僕は元DQNだ」と。

「それ、ブログにして書いちゃいな」。雅之は迷わずブログをやる事を決意した。

そして時が経ち、ブロガーのイベントがあった。雅之は参加した。

そこで見た光景は色々な考えの人間だった。

雅之は決断した。「ブロガーという生き方を尊重しよう」と。

 

行き着いた答えがたまたまブログなのかもしれません。ですが僕にとってブロガーという生き方は確実にマッチしていると思います!

 

気持ちで書く!

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ブログを立ち上げてから最初の2か月は苦悩の連続だった。

なかなか自分の書きたい事、やりたい事が決まらずやきもきさせられていた。

雅之は原点に立ち返った。

今までの人生を振り返り自分の原動力になっているのは何か。

行き着いた答えが感情論だった。

ブラック企業を辞めれたのも感情があったから。人と縁を切った時も感情で動いたから今の自分があるのだと。

さらに雅之は他のブロガーみたく収益をあげようとしない。

何故なら収益が目的だと機械的な文章になってしまい、本音を言う事ができないと考えていた。

こうして雅之は自分の本音をさらけだし、感情論でブログを書く事を決めたのだった。

 

自分の感情や感覚で動くって聞くと屁理屈や非合理的というものが付いてくるかもしれません。それでも自分らしさを出したいので今のようなスタイルでブログを書いてます!

 

現在の雅之。

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現在雅之は自分らしく適当にブログ記事を書いている。

過去に所属していたオンラインサロンと呼ばれるサークルを辞めた理由の記事がブロガー界に衝撃を与えた。

当然批判などがあったが、ブロガーからは多くの賞賛の声があがった。

雅之にとってブログとは何かと聞かれても答えられない。

なぜなら今まで色々な経験を積み重ね、尚且つ自分自身が答えのない答えを探しているからだ。

雅之はこれからも色々な事に立ちはだかるだろう。

もがき、苦しみ、不器用ながらにも雅之は今も生きている。

 

僕は過去に人や物など沢山失いました。でも失ったものを数えても仕方ないのです。不器用でもいいからただひたすら前を向いて歩く事に専念すればいいんじゃないですか?

 
 

他人なんかどうでもいいんです。本来。そのかわり他人がうらやましがるくらい人間味があふれる人間でいたい!そうするには本音を言うのが大事ですね!